弱小在宅ライターの30代・枯れ女。ミニマリスト生活をしながら節約と断捨離を頑張る、七転八起な日々をつづります

泣いてもストレスは解消しない。モヤモヤ発散のための正しい涙活とは?

公開日:2017.04.10

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泣くのはストレス解消に良いとされていますが、本当にそうでしょうか。いくら泣いてもストレスが発散しなかった私の経験から、正しい涙活の方法を考えてみます。

ただ泣くだけだと、ストレスが発散どころかかえって疲れます。心のモヤモヤがいつまでも晴れないときは、チェックしてみてください。

いくら泣いても心が晴れない

私は、小さい頃から大の泣き虫でした。友達に何か言われても泣くし、中学ときのクラス会で私の問題行動が取り上げられたときも泣きました。

相手はどうして泣くのか聞いてくるのですが、自分では泣くつもりが無くても、勝手に涙が出てくるのです。泣くことでまた色々と突っ込まれるし、本当に嫌でした。

しかもそう追い詰められて泣くときは、体力を使い果たしてしんどいのです。正直、余計にストレスが溜まっていたんじゃないかと思います。

なので「泣くのはストレス発散」「涙活は良い」と言われても、全くピンと来ませんでした。涙活イベントなども、見るたびにモヤッとしたものです。

心が板挟みになるから泣きたくなる

なぜ、泣きたくないのに泣いてしまうか?理由を考えたとき思ったのは、「外と内で板挟みになるからじゃないか」ということです。

周りから何か言われたり嫌なことがあったとき、心はムカッとしたり哀しくなります。そういうときに素直に感情を出せれば良いのですが、現代社会ではそれができないことも多いです。

特に日本は、感情を表に出さないことが美徳とされる国。昔から「泣くな」と言われてきたせいで、感情の出し方が下手くそというのはあると思います。心に仮面を被っている感じです。

しかし感情にフタをしていると、やがては限界が。そこで「本心」と「仮面」の板挟みにあって、噴出してくるのが「涙」なんじゃないかと思います。それだけ、心の中に感情の澱みが溜まってるということです。

しかしいくら涙を流しても、本当に外に出したい感情は出ないのです。心の中で感情がグルグル渦巻くばかりで、それを相手にするためにたくさんのエネルギーを使わないといけません。

私が泣くたびに疲れていたのも、外に出せない感情を持て余していたからです。また感情を中に封じ込めるために、体力を使っていたんだと思います。

もっと自己主張をすればストレスも溜まらない

ストレスを溜め込まないためには、自分の言い分をハッキリ言う方が良いです。溜め込みすぎて泣く前に、その場でムカついたらムカついたと小出しにすれば、それで済みます。

私も泣くより先に、「自分でも泣きたくないが泣いてしまうんだから仕方がない」くらい伝えても良かったです。ムカついたならムカついていると言えば、スッキリしたかもしれません。

自分の意見を正直に言うのは「ワガママ」と思われがちですが、そんなことは無いです。正直なことと、無理やり自分の思い通りにしようと画策するのは全く違います。

自分の意見を正直に言えば、たとえ思い通りにならなくても心は納得します。詳しくはこちら⇒頼みごとを断れない性格は直る?私がやっている対策。

あまりに泣く衝動や怒りの衝動が強いときは、心の中に未整理の感情に目を向けないといけません。そうでないと、ちょっとしたきっかけでもバーッと飛び出してきて厄介です。

 

イライラの原因を知るには、ノートに書くのも良い手です。モーニングページの話はこちら⇒心のデトックスとストレス解消方法には、モーニングページが簡単でおすすめ

感動するから心もスッキリする

ただ泣くだけではストレス解消しないなら、なぜ涙活に効果があるのか?それは泣くこと自体にではなく、心が感動することに効果があるからです。

なぜ感動で心がスッキリするかというと、普段はしまってある感情を吐き出せるため。心の奥にある感情を外に出してスッキリするのは、「カタルシス(浄化)」と言われます。

特に映画や小説は、登場人物の心を自分の心のように感じることができます。だから主人公などが最後の最後でハッピーになると、見ている私たちもハッピーになれるのです。

(感動というのは、プラスの感情に限りません。登場人物が怒ったり悲しんだりするとき、一緒に怒ったり泣いたりするのも感動の1つです)

しかし人情ものの映画や本でなければ、感動できないということもありません。極端な話、道端の草や普通の毎日にも、人は感動しようと思えば出来るんじゃないでしょうか。

ちなみに私は最近、美味しいものを食べたときに感動します。ものが欲しくなくなった分、食に関心が向くようになったのかもしれません。

これは逆に言うと、いくら感動モノの物語を見ても、感動できないときはできないということです。皆が皆、ハートフルな映画に心を揺さぶられるワケじゃありません。

「カタルシスを得たい」と思ったときは、自分が嬉しいと感じたりムカついたりしたことに、もっと意識を向けるのが大事だと思います。まさにそれが、「感動」している瞬間だからです。

そういう自分の心が反応するものに近づけば、もっと感情を表に出しやすくなるんじゃないでしょうか。

ストレス発散が出来るかどうかは、感情の出し方に問題があります。泣いてもスッキリしないのは、心の中の感情を吐き出せていないからです。

「こんなことを思っちゃいけない」と封じ込めるのでなく、もっと素直に感情を認めてみてください。

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