弱小在宅ライターの30代・枯れ女。ミニマリスト生活をしながら節約と断捨離を頑張る、七転八起な日々をつづります

マイナス思考の深刻度はどれくらい?認知の歪みチェック(1)

公開日:2016.09.28

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物事をネガティブに考えるのは、性格ではなく認知の歪みのせいかもしれません。言わば、いつもマイナス思考の「クセ」が付いているのです。

かくいう私も、ネガティブ思考が根強い人間です。認知の歪みチェックで、自分がどれだけ「クセ」にとらわれているかを知りました。

「なぜ自分だけ」と思う人は、それはネガティブ思考のクセが強いせいかもしれません。まずは客観的に、自分の認知の歪みチェックしてみてください。

ものごとに白黒を付けたがる

「0か100か」「善か悪か」。何でも白黒つけたがるのも、やりすぎは問題です。

しかし世の中、そう単純には割り切れません。1人の人間のなかにも、悪い部分と良い部分の両方があるものです。ある日学校をサボったからと言って、その人が極悪の不良だとは言い切れないはずです。

この考えがなにより問題なのは、「何でも白黒で判断しようとしてしまう」ことです。例えば「仕事と家族どっちが大事なの!」などと、白黒付けられないことにまで当てはめようとはしていないでしょうか。

けれど単純に考えれば、仕事も家族もどっちも大事です。「白か黒」ではなく、「50:50」「40:60」というような優先度の話かと思います。ときにはそれが「70:30」になる時期もあるということではないでしょうか。

白黒思考が人間関係に及ぶと、他人を「敵か味方か」でしか考えられなくなります。自分と合わない人は敵、合う人は味方という具合です。

味方だと思っていた人が少し気に障ることを言っただけでも、すぐ敵と見なすように。逆にちょっとでも優しくされると「この人は私を分かってくれる」と簡単に信じてしまいます。

私もこの「敵か味方か思考」は根強くあります。いったん敵と決めつけると、徹底的に距離を取ろうとしてしまうのです。

すぐに「~は~だ」と決めつける

しかし「敵」というレッテルをその人に貼っているのは、ほかでもない自分です。敵とか味方というのは、勝手に自分の中で作り上げたイメージに過ぎません。

よく「味方と思ってた人に裏切られた」と嘆くのも、自分のイメージと違っていたのを「裏切り」と勘違いしていることが多いように思います。勝手に期待して勝手に落ち込むのも、自分が貼ったレッテルのせいです。

この「レッテル貼り」は、一度貼り付けたものを剥がすのが難しいという問題があります。「この人はこうだ」といったん決めつけると、そのイメージは簡単には変わりません。

すぐに決めつけに走る人は、直接その人に話を聞くと良いかと思います。会社の同僚がいつもよりそっけなかったのも、もしかしたら具合が悪かっただけなのかもしれません。

すぐ極論に走る

決めつけがエスカレートすると、すぐ極論に走るようになります。主に「待ち合わせに遅れるなんて、自分は人間失格だ」などと、自分を貶める方向に向かうことが多いようです。

「スーパーの安売りを逃すなんて、とんだ大馬鹿だ」

「信号が立て続けに赤になった。自分は運がない」

「野菜の賞味期限が切れていた。なんて罰当たりなんだろう」

しかしこれも、自分が勝手に「馬鹿だ」とか「不幸だ」と決めつけているだけです。ほかにも安売りを逃した人がたくさんいるし、信号待ちは珍しくも何ともありません。

賞味期限の問題も、「罰当たりだ」と思うなら次から気を付ければ済みます。極論の問題は、ただ嘆くばかりで解決するために頭を働かせられなくなることです。

セール品の衝動買いにしても、次からは買い控えれば経験を活かせます。値段の高いものほど、この考え方は大事です⇒断捨離の大敵、高級ブランド服を片付ける秘訣。もう、値段の呪縛からは解放されよう

人が反省をするのは、同じ失敗をしないためです。「自分はだめな奴だ」と言うだけでは、問題はなくならないのです。

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「~すべき」が口ぐせ

すぐ極論に走ってしまうのは、「~すべき」思考があるのかもしれません。「自分はこうするべきだ」と思うから、それができなかったとき大げさに責めるのではないでしょうか。

私も文章を書いていると、よく「~するべき」というワードが出てきます。前の白黒思考とあいまって、「これはこうあるべきだ」とガチガチに考えているのかもしれません。

確かにやるべきことはキッチリやらねばなりませんが、ときにはそれができないこともあります。人は機械ではないので、これは仕方がありません。

自分にも他人にも厳しい人は、多分「~すべき」思考にとらわれすぎています。「たまにはしょうがないよね」と、ゆるく考えることも大事です。

すぐ自分の責任だと考える

なんでもガチガチに考える人は、責任感の強い人でもあると思います。どんなことでも、すぐ「私が悪かったのだ」と考えてはいないでしょうか。

しかしこれは見方を変えると、とても傲慢な考え方とも言えます。「全て自分の責任だ」と思うことは、「それだけのことを自分はコントロールできるのだ」と言うのと同じだからです。

スポーツでも熱心なファンが「応援が足りなかったから負けたのだ」と落ち込むらしいですが、どんなチームでも負けるときは負けます。それが勝負というものです。

自分がコントロールできることで失敗したなら、確かに自分の責任です。が、家族や友人、会社の業績や世の中のことまで、100%コントロールできるワケがありません。

前の「極論に走る」にも似ていますが、責任を感じるのも「自分のせいだ」と思いっぱなしになる危険性があります。やはり「ならどうするか?」を考えるのが、本当の責任のとり方です。

このほかにも、認知の歪みチェック項目はまだまだあります。少々長くなりそうなので、次回に続きたいと思います。

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在宅ライターとして働く、30代の枯れ女。現在は節約に励みつつ、収益アップに奮闘中。けれど誘惑に負けて、思わぬ散財をすることも……。そんな七転八起の日々をつづるブログです。今の目標は、節約と断捨離。ミニマリスト生活を日々実践中です。
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