弱小在宅ライターの30代・枯れ女。ミニマリスト生活をしながら節約と断捨離を頑張る、七転八起な日々をつづります

愚痴を言わない人はそんなに偉いのか?弱音を吐きたいなら吐けば良い。

公開日:2017.01.19

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日本の現代社会、愚痴や弱音を言わないことが美徳とされています。が、文句も言わずに黙ってやり過ごすのは本当に偉いことなんでしょうか。

確かに愚痴は良くありません。が、あなたがずっと我慢してきたものは、本当に単なる弱音や愚痴なのでしょうか?

もし何も言わないことでしんどい思いをしているなら、それは聴き逃してはいけない大事な「声」なのかもしれません。

それは本当に単なる弱音か?

そもそも自分が感じている辛さは、単なる弱音なのか?ここを勘違いするともっと苦しむことになるので注意です。

弱音や愚痴というのは、「これがダメ」「あれのせいだ」と周りに文句ばかり漏らすことです。自分のことは棚上げして、周りの至らなさにばかり目が向いている状態と言えます。

そしてネガティブなことばかりが目につくので、「自分は運がない」という思いが強いです。「自分はこんなに頑張っているのに」と思うと、また余計に周りに問題があるように考えてしまいます。

さらに厄介なのは、愚痴を漏らしている当の本人が「愚痴」と気付いていないこと。「自分は正しいことを言っている」と半ば確信しているので、愚痴を愚痴と思っていないのです。

ポイントをまとめると、

・周りのせいにばかりしている

・自分は不幸だと思っている

・愚痴だと気付かず言っている

これが愚痴・弱音です。自覚のない人ほどたくさん愚痴っている可能性もあるので、一度振り返ってみると良いかもしれません。

つらいと言うのはわがままではない

それに対して、「辛い」「苦しい」と言うのは自分の心の声です。辛いときに辛いと言いたくなるのは、当然のことではないでしょうか。

が、弱音が許されない社会では、自分の思いを正直に言うことも「わがまま」と受け取られます。「周りもそれくらいやっている」「昔はもっと大変だった」など、逆に周囲のプレッシャーに封殺されるのです。

もし「高熱で苦しい」という場合なら、「弱音を吐くな」という人非人は(多分)いないと思います。なのに心が辛くて苦しい状態のときだけ、何故か「弱音・わがまま」とみなされるのです。

周りがそういう雰囲気だと、いつしか自分も「これは弱音なんだな」と思い込まされます。苦しいと感じるたびに、「なんて自分はわがままなんだ」などというよく分からない罪悪感まで抱くようになるのです。

しかし人間に心がある以上、苦しいと感じるのはしょうがありません。それはわがままでも何でもない、自然の摂理です。

おかしいのは、その摂理を「わがまま」の一言で片付けようとする「弱音は悪」的な考え方の方ではないでしょうか。

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我慢する分ストレスは確実に溜まる

風邪を放っておいたらひどくなるように、心の声も放っておくと症状が重くなります。我慢した分は、確実にストレスとなって溜まるのです。

そうして溜まり続けたストレスは、ちょっとしたきっかけで事あるごとに噴出。本当に些細なことで、「なぜそこまで」というくらい怒りを感じることもあります。

これはいわゆる「キレ」というものです。キレる心理についてはこちらの本がおすすめ⇒田房永子さん「キレる私をやめたい」感想。怒りっぽい性格を直したい人へ。

もしくは、あまりに我慢しすぎて「うつ」状態になることもあります。出方は全く正反対ですが、ストレスの許容量がオーバーした状態という点では同じです。

こういうときは、いくら対処療法的にリラックスなどをしてもその場しのぎにしかなりません。自分が何に「怒り」や「しんどさ」を感じているのか、しっかり向き合う必要があります。

まずは自分が認めよう

一番の理想は、苦しいときに「苦しい」と周りに相談できることです。が、それができないから辛くて苦しい状態から抜け出せないというのはあります。

もし周りに言える人がいないのならば、まず「自分は苦しいんだな」と認めることです。頭で色々考えずに、自分が感じたままのことを素直に受け止めるようにします。

このとき弱音を封殺するクセがついていると、「苦しい」と感じた瞬間に「罪悪感」も感じるかもしれません。しかしこの「罪の意識」こそ、頭から取っ払わねばならないものです。

私も長らく自分を「真面目系クズ」だと思い込んできましたが、このときは辛いと思う度に「全然頑張ってないのに」と情けなく感じていました。

特に大学受験の頃は勉強に全く手がつかず、本当に頑張っていない状態。今思えば受験勉強というものが全く肌に合ってなかっただけなのですが、当時は「自分はダメ人間だ」とばかり考えていました。

この経験から「辛い=悪」という考えのクセがずっと抜けず、大学でも会社でも「辛いと思う自分は落伍者」だと思ってきました。

フリーライターになってからも「罪の意識」はなかなか抜けきりませんでしたが、この頃ようやく「辛けりゃ辛いで良いんだよな」と思えるようになってきました。

周りがなんと言おうと、感じているのは自分。自分が感じたことはごまかせません。そして、心が何かを感じる事自体は良いことでも悪いことでもありません。

辛いと感じたうえで、その心のままに動くのか我慢するのか?そこで始めて、「こうした方が良い」「これは止めた方が良い」と考えることができるんじゃないかと思います。

不思議ですが、しんどいときに「しんどい」と素直に思えるようになると、逆にしんどさが軽くなってきました。一番しんどかったのは、もしからたら自分の心を放ったらかしにしてきたことだったのかもしれません。

弱音を許さない心理というのは、自分の心を無視することでもあります。自分を無視し続けると、ますます辛さとしんどさは募るものです。

そろそろしんどさがMAXになってきたと感じるときこそ、自分が思っていることを認めるときです。自分の心と向き合うのは、辛さから抜け出す大事なステップです。

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在宅ライターとして働く、30代の枯れ女。去年の年収は60万円、格差と貧困の時代の申し子です。節約と断捨離を頑張る、七転八起な日々をつづっています。ミニマリスト生活を日々実践中です。
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