弱小在宅ライターの30代・枯れ女。ミニマリスト生活をしながら節約と断捨離を頑張る、七転八起な日々をつづります

引越しついでの断捨離。溜めにためた映画チラシを大量に減らした話

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引越しの準備に追われ、荷造りをしていたときの話です。今まで溜めっぱなしだった映画のチラシを、大量に断捨離できました。

大量のチラシが現れた

お昼すぎから荷造りを始め、何だかんだで夜の8時を回りました⇒一人暮らしの準備、半日がかりで引越しの荷造りをした話

もう少しで荷物を詰め終わろうかというとき、思わぬ伏兵が現れました。それは、今まで大量に溜め込んできた映画のチラシです。

その量、幅広のタンスの引き出しを1つ占領するほどにまでなっていました。引き出しを出すときは、少し気合いを入れないと動かないくらいの重さでした。

量的には、ダンボールに詰められるだけの余裕はありそうでした。が、重さのことを考えると全部のチラシを持っていくのは無理と判断しました。

それならいっそ「全捨て」でも良かったのですが、大量の映画チラシを前にそれでは納得できない自分がいました。そのまま捨てるのは簡単ですが、何か投げやりな気がしたのです。

そこで1回、全捨てするにしても1回一通りチェックして見ようと思いました。私の荷造りは、こうして延長線に突入しました。

述べ2時間の結果

思いつきで始めたはよいものの、分けても分けても減らない大量のチラシ。半分くらいまで来たところで、「選択を間違えたか」と少し後悔しました。仕分けにかかった時間は、延べ2時間を超えたと思います。

そうして、仕分け終わった結果がこれです。

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言わずもがなですが、左が断捨離するチラシ、右が取っておくチラシです。ほんのわずかですが、取っておきたいと思うチラシがチラホラありました。

取っておく分に比べ、10倍近くはあろうかというチラシの山。やはり、そのままダンボールに詰めなくて良かったと思いました。

チラシの仕分け方

とにかく早く終わらせたかったので、仕分けは見た瞬間の第一印象にかけました。あれこれ考えず、「いる」「いらない」を直感で判断していきます。

パッと見た瞬間、「これはいる」と思うものは心が反応します。逆に、断捨離してもよいチラシは訴えかけてくるものがありません。判定にかかる時間は、1秒いくかいかないかくらいだったと思います。

映画チラシは見た目に訴えるものなので、特にこの方法は有効だったと思います。逆にじっくり見てしまうと、余計な考えが入り込んで捨てられなくなっていた気がします。

これは映画チラシに限らず、ボスターやイラストなどのビジュアルを全面に押し出したものなら何にでも応用できそうです。ほかにも、試せそうなものがあったら試してみます。

本気の集中力

そんな一瞬で仕分けられるなら、何でこんなにも映画チラシを溜め込んでしまったのかという疑問はあります。が、人間切羽詰まると集中力が格段に高まるのだと思います。

本気で「仕分けなきゃ」と思えば、普段の数倍は集中できます。どうしても断捨離したい人は、何か「仕分けなきゃいけない動機」を考えてみるとよいかもしれません。

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チラシを仕分けた基準

瞬間判定でチラシを仕分けていくうち、残ったチラシには似たような傾向があることに気付きました。私の場合、大きく分けて2つの傾向がありました。

・前に観て面白かった映画

・観たいと思っている映画

前に観て面白かった映画

まず1つが、以前に映画館やテレビで見て「面白かった」と思った映画です。チラシを見た瞬間「この映画は良かったな」という気持ちが起こり、反射的に残す方に仕分けていました。

逆に、映画館で見たときは「あの話題作だ」と思ってもらったチラシも、時間が経つと心に響かなくなるものがたくさんありました。自分の眼で見ていない映画のチラシは、ほとんどが断捨離行きになりました。

観たいと思っている映画

けれど、観たことがない映画のチラシにも、チラホラと気になるものがありました。その理由を考えてみると、「自分が観たいと思っている映画」だということに気が付きました。

映画館などの上映期間に行き逃し、そのままになっている映画や、気になっている監督の映画など。これは、私の中で「未処理のこと」に入っているのかもしれません。

引越しの作業が落ち着いたら、観たいと思っていた映画も少しずつ消化していこうかと思います。それでもしつまらなかったら、そのチラシは断捨離することになるかもしれません。

記憶と結びついたもの

こうして考えると、自分の手元に残るものは「自分の今までの記憶と結びついたもの」が多いのだと気付かされました。過去の記憶は、「ただのモノ」を「唯一無二のモノ」にする力があるのだと思います。

そのモノ自体に何も感じなくなるということは、自分の中で「もうこの記憶は忘れてもいいよ」というサインなのかもしれません。

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当ブログの管理人、弥生です。
在宅ライターとして働く、30代の枯れ女。去年の年収は60万円、格差と貧困の時代の申し子です。節約と断捨離を頑張る、七転八起な日々をつづっています。ミニマリスト生活を日々実践中です。
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