弱小在宅ライターの30代・枯れ女。ミニマリスト生活をしながら節約と断捨離を頑張る、七転八起な日々をつづります

高校で友達がいない女の修学旅行~貧乏生活からの脱出を目指す(3)~

公開日:2017.04.18

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カレジョが、貧乏生活から脱出するまでの道のりを紹介します。今回は高校時代の修学旅行の話です。

10代の頃よりすでに生きづらさを抱え、高校の友人はほとんどおらず。この生きづらさは、私の貧乏生活とも深く結び付いています。

友人がいない修学旅行を、カレジョはいかに乗り切ったか?以下からどうぞ。

連絡不足で旅行かばんを預け損ねる

修学旅行の苦い思い出は、現地に行く前から既に始まっています。

当時は沖縄に行く予定でしたが、予め現地のホテルへ荷物を預けることになっていました。しかし私は、うっかり日時を間違えて預け損ね。元々予定をうろ覚えだったのが痛恨のミスです。

友人がいない私は、誰かに電話やメールで確認することもしませんでした。日頃からクラスメイトと仲良くしていれば、この悲劇は避けられたろうと思います。

当時はミスをした自分が情けなく、泣きながら荷物を抱えて自宅に帰ったのは哀しい思い出です。友人がいないならいないで、学校に直接問い合わせれば良かったと思います。

友人がいなかった私の、高校時代のエピソードはこちらからどうぞ⇒学校に行きたくない病だった高校時代~貧乏生活から脱出を目指す~

さらに暗雲垂れ込める大学受験の話はこちら⇒大学受験に失敗したらどうしようと悩む~貧乏生活からの脱出を目指す(2)~

部屋割りが皆の悩みのタネに

さらに悩みのタネは、ホテルの部屋割りです。誰かと相部屋になるのですが、仲の良い人がいない私をどこに割り当てるか、私もほかの女子も悩みました。

私は2人部屋を避けて4人部屋を希望しましたが、それが逆にクラスの女子の悩みを深くしたようです。その後、申し訳なさげに「2人部屋でも良いか」とお伺いを立てられました。

2人部屋に泊まるのは一泊でしたが、私と相部屋になる女子のことが心配でした。自ら進んで、仲良くしてない女子と一晩過ごしたいという人間はいないと思います。

旅行が始まったら何とかなるかとも思いましたが、やはり無理なものは無理です。会話も盛り上がらず、お互い修学旅行とは思えないテンションの低さでした。

私なりに色々話しかけてみましたが、相手はうわの空。しょうがないので、私は持ってきた文庫本を寝るまで読んでました。

いっそ、クラス全員同じ大部屋などだったら逆に気軽だったかもしれません。こういう組分けのときに、日頃からクラスメイトと交流を深めていないツケが回ってくるものです。

一人で土産を見て回る

修学旅行の後半は、幸いにも4人部屋に入ることができました。3人で勝手に盛り上がってくれれば、こちらも気楽です。

しかし途中、ほかの3人だけで外へ散歩に行ってしまったことがあります。私は留守番係でした。

が、そのまま部屋に閉じこもりきりというのも面白くありません。なので私は私で、勝手にホテルの中を見回ることに。この目論みは、3人には黙っていました。

3人が出かけた後、私も部屋に鍵をかけてフラフラと外出。1階の売店で、お土産などをのんびり物色しました。

30分後くらいに、血相を変えた3人が売店の私の元へ。私は「悪気はありませんよ」然とした顔で3人と合流しました。帰ってきたらドアに鍵がかかっていて、さぞ驚いたことだろうと思います。

今だったら素直に、「3人に付いていきたい」と言うところです。当時の私は、今よりももっとジメッとした人間でした。

今思い出しましたが、相部屋になった女子の1人に、添乗員の男性に猛アタックしていた子がいたような気がします。カレジョにはピンときませんでしたが、10代女子にはそういうことは良くあるんでしょうか。

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幸運にもホームステイが取りやめに

修学旅行でもう1つ心配だったのが、沖縄在住のアメリカ家庭へのショートステイです。1日だけ日帰りで、ホームにお邪魔する予定でした。

が、私の高校が修学旅行にいく直前、色々なトラブルのせいでショートステイが取りやめに。代わりに琉球ガラスの工場見学や、植物園の散策に行くことになりました。

皆がどう感じたのかは分かりませんが、私としてはショートステイの中止にホッとしました。日本人とも仲良く出来ないのに、いきなりアメリカ人の家庭にお邪魔して団らんなど無謀すぎます。

代わりに沖縄の観光地を、マイペースに見て回りました。コミュ障の私としては、じっくり色々な場所を観察できて良かったです。

ちなみに琉球ガラス工場で作ったグラスは、今も私のお気に入りです↓

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帰りも自力で荷物を持って帰る

楽しかった(?)旅行もあっという間に終わり、帰る日がやってきました。

このとき、荷物を自宅を送り返せるサービスがありました。が、私は運送代を節約したくて、自力で荷物を持って帰ることを選んだのです。

現地で買ったお土産など、荷物が増えていたので大変でした。飛行機から降りて空港に入ったとき、「なぜ荷物を送らなかったのか」と後悔したものです。

既に旅行で何十万も使っているのだから、最後に1,000~2,000円くらい運送費が増えてもどうってことなかったんじゃないかとも思います。私の妙な節約クセは、10代の頃から健在でした。

唯一残った思い出は小論文

色々あったものの、修学旅行は何だかんだで楽しかったです。が、一番の思い出は旅行が終わった後、小論文の授業で修学旅行について書いたときのことでした。

当時は修学旅行の中で、一番印象に残ったひめゆりの塔をテーマに書きました。その論文の出来が良かったようで、クラス内でお手本として紹介されたのです。

小さい頃はむしろ作文が嫌いでしたが、文章を褒められることが度々ありました。そして高校のときに論文を褒められたことで、改めて「私は文章が得意らしい」ということを深く感じたのです。

そこから文章を書くことに興味を持ち始め、日記やブログをチョコチョコ書くように。しかし当時はまだ趣味で、そういったことが仕事になるとは思ってませんでした。

しかし自分の得意なことに気付いたというのは、私の中では大きな出来事だったんじゃないかと思います。

修学旅行をきっかけに、自分の特技を再認識しました。沖縄で過ごした思い出よりも、論文が褒められたことの方が印象に残っているかもしれません。

その後大学に入り「文章」とはどんな付き合いになっていくのか?その話はまたの機会にお話します。

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